昭和50年代

たなばたの原点(昭和58年)

たなばたの原点 千数百年も続いた年中行事である“たなばた”は、日本人にとって、夢のある家族的な祭りとして、夏のある限り続けられるであろう。 1.たなばたとは たなばた………誰もが口にし、知っている言葉なのに、まじめに考えると、なんのことかその意味…

お正月の原点(昭和57年)

お正月の原点 お正月の年神様は大晦日に来臨し、願いごとを聞き届け、1月15日の小正月、ドンド焼きの煙になってお帰りになる。 1.年神様と門松 正月というのは太陰暦の第1の月の別称であり、中国から移入された言葉であるが、日本から東南アジアにかけての…

カタカナ姓は異文化(昭和58年)

カタカナ姓は異文化 日本の過去における帰化人が、数世代後に同化してしまったのは、姓の日本化にあったものと思われる。 1.日本人の姓は日本語 法務省が、カタカナ姓を実質的に許可したことは、7月17日の新聞に大きく報道されていた。 “キム、ワン、ス、…

日本人と自然(昭和51年)

日本人と自然 人間が自然に適応して生きるために、考えだした生活の知恵が文化なら、文明はより快適に生きるために考えだされた物である。木にたとえれば日本の文化は、日本人にとっては台木であり、近代文明は接木された枝葉である。 1.感情豊かな日本人 …

日本文化の原点(昭和57年)

日本文化の原点 神社の鳥居も千木、かつお木、高床式切妻造りの社も、かつて、日本の古代人が日常生活に使っていたものの名残りであり、稲作農耕民の象徴なのである。 1.不思議な言葉と型 日常見慣れているものを、ふと「どうして?なぜ?」と再確認してみ…

日本人の保証(昭和56年)

日本人の保証 人間は不安で満たされないときは努力し安全を求め、平和で豊かなときには労働意欲をなくし快楽を求める。しかし、いかなるときにも人間の最後の保証は自然の恵みである。 1.世界の中の自分の大地 私は過去11年間に111ヵ国の国々を探訪し…

先取り好みの日本人(昭和57年)

先取り好みの日本人 日本列鳥のように、民族戦争のなかった地域の人々は、侵略がいかなる行為であり、それが時と場合によって、悪にも善にもなり得るという外交術の舞台裏を理解しきれないことが多い。 1.侵略のなかった国 人類史の中で、日本人は民族戦争…

民族的日本人とは(昭和52年)

民族的日本人とは 人間は、インターナショナルになればなるほどナショナルになり、年長者になればなるほど閉鎖的で、若ければ若いほど解放的である。 1.日本人とは 「日本人とは?」と尋ねられて、まともに答えられる日本人は少ない。 日本人という意味には…

遅れて来た民族(昭和57年)

遅れて来た民族 世界中から遅れて来た民族と思われている日本人の真価は、豊かな現状を平和的により長く維持することによって認められる。 1.発展するのは何故か 今や日本の存在は世界の注目の的になっている。しかし。その本質について知っている日本人は…

民族の言葉と風習(昭和56年)

民族の言葉と風習 自然環境によって培われた言葉や風俗習慣は、共同体験を通じてのみ理解されるものであり、理論的に比較できるものではない。 1.自然は創造の知恵 中国の雲南山岳地帯の南に続くナガ高地にコニャック族と呼ばれる人々が住んでいる。彼らは…

島国でなくなった日本(昭和59年)

島国でなくなった日本 今日の日本は、すでに海上に浮いた島国ではなく、地球的規模でどこにでも通じる大陸の中の一国と化している。そのことを意識せずして国際化社会の理解は困難である。 1.日本の立地条件 日本ほど自然の恵みの豊かな地域は、地球上をく…

愛と優しさの戦い(昭和55年)

愛と優しさの戦い 文明が発展し、文化が向上してくると、優しさが望まれるが、愛のない優しさは刹那的で無責任な行為になりがちだ。 1.望まれる言葉には剌がある 愛と優しさは相似的なイメージにあるが、色で表現すると、愛は赤色、優しさは白色で、愛×優…

通じなくなった日本語⑤ おはよう(昭和54年)

通じなくなった日本語⑤ おはよう 朝の挨拶は「おはよう」これは当り前のことで理屈なんかありはしない。挨拶は人間関係の基本であって、およそ義理で使うものではないのだが……。 1.おはようは義理の言葉 「おはよう!」 私は青年たちに笑いながら言った。な…

通じなくなった日本語④ 親友・友人・知人・フレンド(昭和54年)

通じなくなった日本語④ 親友・友人・知人・フレンド 最近の友人関係は、淡泊になったのだろうか。同じ釜の飯を食った仲とか裸の付き合いというのは、野蛮でセンスのない関係となってしまったのか…。 1.男ってのはな! 「男ってのはな、親友とは裸で同じ布団…

通じなくなった日本語③ 親切って何だい(昭和54年)

通じなくなった日本語③ 親切って何だい 私は、夢をみているのではないだろうか。いや、確かに夢なんだ。本当の親切のない世界で、親切という夢を見ながら、青年と語り合っているのだ……。 1.親切は親切だって! 「親切っていったい何だろう?」 私は、知人の…

通じなくなった日本語② バカと馬鹿の違い(昭和54年)

通じなくなった日本語② バカと馬鹿の違い 昭和54年の今年は国際児童年である。世界中の子供の・幼児の泣き叫ぶ表現の共通点は、やがて異質な話し言葉となる。子供はまず自分の両親から言葉を習い、自分の周囲の人々と共に生活文化を身につける。 1.通じな…

通じなくなった日本語① 奉仕とボランティア(昭和53年)

通じなくなった日本語① 奉仕とボランティア 最近、日本語が通じなくなっていると痛感することしきり。ここに交される高校生との会話でも、遂に私の真意は分かってもらえなかった。 1.実感のないボランティア 「ホウシとは何語ですか?」 私は質問の意味がす…

戦後一世の本質(昭和52年)

戦後一世の本質 ここでは昭和10年から21年頃までに小学校へ入学した人を戦中派とすると、昭和22年から30年までに入学した人を戦後一世とし、昭和39年までに入学した人を戦後二世とする。この後に戦後はない。 1.記憶の原点 私は、高知県幡多郡小等町田ノ浦…

そろばんとはしは無用か(昭和53年)

そろばんとはしは無用か ローマ時代に、食べ物を一度食べて吐き出し、また食べたという、あの異常な時代にも、その社会に住んでいる人々は、何も異常だと思わなかった。 この頃ふいと腹が立つ。何故か埋由ははっきりしない。しかし、食堂でスプーンを握るよ…

われら素晴らしき人間(昭和50年)

われら素晴らしき人間 人間はこの地球上で、外部環境に最も適応してうまく生きてゆくための技術的専門家であり、発明と発見の天才である。 1.進歩のための工夫 動物の中で人間だけが外部環境に適応したり、自然を克服したりするために考え、工夫し.自分た…

社会の素養を育む野外文化活動を(昭和59年)

社会の素養を育む野外文化活動を 野外文化活動は、スポーツ的な要素、娯楽的な要素、情操的な要素を含み、青少年の社会性、人間性を培い、知的欲望と体力養成を同時に満たすきわめて重要なことである。 1.自然と風習 南北に長い日本列島の自然は活力と緑に…

ぞうりをはいた子どもたち(昭和58年)

ぞうりをはいた子どもたち 小学校3年生頃までは、学校や町中ではぞうりをはいて遊ぶことを奨励してはどうだろうか。 1.長く立てない青少年 十数分間の朝礼に立ち続けられない小中学生や高校生が多いことは周知のことであるが、大きな問題になることなく、…

少年教育に望むこと(昭和56年)

少年教育に望むこと 地球上のより多くの民族が、宗教や思想の組織化のためではなく、自主管理のもとに吸収型の国際化ができるよう努力している。 1.人間に共通した能力の開発 いかなる人間も社会の一員としてしか生きていけない弱さがある。その範囲の大小…

健康であるためには(昭和51年)

健康であるためには 誰もが健康でありたいと願うが、それは子供の時にほぼ決定される。子供は本能的に生命力を養成しようと活動するもので、子供時代の少々のけがは、大人になってからの健康の勲章でもある。 1.子供はよくけがをする 猿も仔猿の時は、よく…

同世代の親たちへ(昭和58年)

同世代の親たちへ 表層文化と自由という名の自己主義に溺れかけた日本人の社会集団は、義務とか責任を敬遠しがちだが、それでは社会の後継者を培うことは難しく、活力が衰退しがちになる。 1.親は子のなりあがり 昭和58年4月8日の東京は。桜が満開に咲…

母系社会の男たち(昭和56年)

母系社会の男たち 女性が親族集団の成員権や財産の所有権をもつ母系社会では、社会の管理や監督権は男性にゆだねられている。 1.男女関係の不安定な社会 野性動物の殆どが母親を中心とする社会生活を営んでいる。人間も決してその例外ではなく、インド東北…

新日本人からの提言(昭和55年)

新日本人からの提言 防衛論議が盛んであるが、武器戦争だけが恐ろしいのではなく、日本の生活文化に対する間接的な文化的侵略によって社会的衰退を招くことの方が恐ろしい。 1.人類史の中の戦争 8月はテレビや新聞などで、“戦争物語”をする月だが、今年(…

野外文化活動に関するお願い(昭和55年)

野外文化活動に関するお願い 私は日本の社会人であることに疑問も不満もないが、共通語を持ち、風俗習慣を同じくして生活する日本人社会で、日本の生活文化を子供たちに伝承する義務と責任がある。 1.社会と無縁な価値観 「偉い人ってどんな人ですか?」 私…

グリーンアドベンチャー・新しい野外文化(昭和50年)

グリーンアドベンチャー・新しい野外文化 緑の豊かな日本には、昔から山水を友とする風習があったが、いまはすたれがちになっている。しかし、現在でも少し工夫すれば、費用は少なく、簡単に楽しめる自然の諸々がわれわれの周囲にはいくらでもある。自分にと…

自己防衛能力の開発(昭和59年)

自己防衛能力の開発 自己防衛能力の基本を子に伝えるのは親の義務であり、自己防衛能力の高い後継者をつくるのは社会人の義務と責任である。 1.人間は無防備な動物 この早春、氷の張った山中湖で東大生数名が死亡した。親や周囲の人々は、「まさか!・・・・」…