通じなくなった日本語④ 親友・友人・知人・フレンド(昭和54年)

通じなくなった日本語④ 親友・友人・知人・フレンド

 最近の友人関係は、淡泊になったのだろうか。同じ釜の飯を食った仲とか裸の付き合いというのは、野蛮でセンスのない関係となってしまったのか…。

1.男ってのはな!

 「男ってのはな、親友とは裸で同じ布団に潜って眠ることだってあるんだ」

 私が、何かの拍子にそう言ったとき、顔ははっきり見えないが、近くでタバコをふかしていた3、4人の若い男たちが、「ヘヘヘヘ…」と気色の悪い声をたてて、私を見た。

 「男ってのはな…」

 私が次を言おうとすると、1人が遮るように口を挾んだ。

 「親友というのは、つまりホモのことだと言いたいんでしょう」

 「何!?」

 私は驚いた。

 「裸で抱き合って寝る。それが親友という男同志の関係というわけだ」

 若い男たちは、私をからかって笑う。

 「親友というのはそんなんじゃないんだな!」

 「それじゃどんな関係?」

 「親友というのはな、1組の布団でも分け合って眠るし、1個しかないパンだって分けて食う。辛いことや楽しいことですら分け合える関係の男の友人のことだ」

 「楽しいことを分け合うというのはわからないね。じゃ、女友達だって交換しなきゃならんのかね」

 私はどうも口下手らしい。いつもことばの揚足をとられてしまう。

2.一緒に寝る理由なんかない

 彼らはウィスキーを飲んでいる。ときどきグラスをリズミカルに叩く。そして、全身をはずませている。

 「どうして俺の話を真面目に聞かないんだ」

 「我々は大真面ですよ。だけど男同志が同じ布団に眠るというのは、ホモの関係でしか考えられないんです」

 眼鏡をかけたほっそりした男が私をみつめながら言った。

 「君たちは、どんな親しい友人でも同じ布団にくるまって寝ないか」

 「寝ませんね。気持が悪いじゃないですか」

 「どうして?」

 「ホモならいっしょに寝るでしょうけれど。そうでもなけりや寝る理由はないじゃないですか」

 「たとえば、自分の部屋で夜更けまで話し込んだりしていて、泊ることになったらどうして寝るんだい?もちろん布団は一組しかなく?…」

 「寝袋があれば寝袋だな。ごろ寝でもかまわない」

 「冬だったらどうする?」

 「寒いときには、暖房器具という便利なものがありますよ」

 私はなるほどと思いながら聞いていた。

 「でもね、今どき、布団1組しかない奴なんていませんよ。持って

いない奴は、自分の部屋に友人を呼んだりしないのが常識です」

3.今は昔の学生時代

 私の学生時代の生活は、4畳半しかなかった。机と本箱を置き、布団は1組置くのがやっと。友達が来ると、一枚の敷布団の上に2、3人、麻雀で夜更かししたときには4人もいっしよに寝たことがある。時に、隣の友人のあらぬ所に手が触れた。汗臭い裸体が目の前にあり、3センチと離れていないところに顔があった。それでも夏はまだましなほうだった。冬は、暖房器具なんてないので、身体を寄せ合って眠るしかなかった。

 きっと、なんとなく滑稽で、愉快なありさまだったろう。布団を取られては取り返し、大きなイビキに管癩を起こしては、再び眠ろうと努力して夜が明けたものだ。そして私たちの目覚めは、たいてい寝不足でボンヤリしていた。

⒋センスないね!

 「君たちは豊かなんだよ。本当に!」

私は学生時代の自分の生活を思い出しながらつぶやいた。

 「豊かじやないですよ。物価高ですからいくら金があっでも足りないんです」

 高級ウィスキーをグラスに注ぎながら、ヒゲの男がボヤいた。この頃の学生は安い酒を飲まなくなったという。

 「だったら自分の部屋で飲むほうが安上がりじやないか。友達が何人来ても千円ずつ出し合えば十分飲めるはずだ。

「いや、酒というのは自分の剖屋で飲むのはまずいんですよ。やっぱり外で飲むべきなんです」

 「友達と飲むんだったらどこでも同じだろう?」

 「いやいや、ムードがなきや駄目ですね」

 「酔っ払ったらどこだって同じさ」

 私は、真実を言ったつもりだが、彼らには通じなかった。

 「どこで酒を飲んでも同じだというし、親友なら同じ布団に寝ても平気なんて、センスないね」

 色の白い女性的な顔をした男が言った。

5.親友って差別的な言葉?

 「男ってのはな、親友同志で酒を飲み合い、バンツー枚で、同じ布団に眠ることだってあるんだ。金なんか使わなくても、仲間がいれば、仲間と話ができれば楽しい。君たちは知人と親友の区別ができないし、知らないんだ」

 私は酔った勢いもあって、捨てぜりふのように言った。

 「知人だとか友人だとか親友だとか、区別する必要なんてないじやない。みんな友達でいいじやないですか。君は知人で、君は親友なんていう差別的ことばは、僕たちにはいらない」

 眼鏡の男が言った。

 「君たちはどんな関係なんだい?」

 「我々は友人ですよ。今夜初めて会ったのもいるし、二ヵ月前からの知り合いもいる」

 「じゃ、ここを出れば別れ別れか?」

 「そうですよ。このスナックに来ている間だけの友人ですから…」

 「他の場所には、他の友人がいるのか?」

 「そうです。友人は多いほどいい」

 「何のために?」

 「楽しいから…」

 私は無意識にグラスを噛んだ。

ガリッと音がした。

 「私の発想と君たちの発想はかなり違っているね。二十年ほどのズレがあるなんていうなまやさしいものではない。異質的発想だ」

 私は冷ややかに言った。そして頭の中で、北欧では男同志でも結婚できるということや、アメリカ、イギリスでは知人も友人も親友も『フレンド』で表現することを考えていた。

      機関誌「野外活動(現:野外文化)」第41号(昭和54年8月30日)巻頭より