われら素晴らしき人間(昭和50年)

われら素晴らしき人間

 人間はこの地球上で、外部環境に最も適応してうまく生きてゆくための技術的専門家であり、発明と発見の天才である。

1.進歩のための工夫

 動物の中で人間だけが外部環境に適応したり、自然を克服したりするために考え、工夫し.自分たちの体験を子孫に伝えたり、お互いに意志を伝える複雑な方法を発明したり、自然を利用する物を発明発見してきた。

 人間は毛皮や樹皮を身につけて生活していたのが、いつの間にか木綿を、絹を、そして化学繊維を身につけるようになった。石で獲物を叩き殺していたのが、いつの間にか槍や弓、鉄砲に変り、ついに入間同志が殺し合うために核兵器まで発明した。ほら穴に住んでいたのが土や石や木を利用して地上に家を建てるようになり、いつの間にかセメントを発見して、地上50階も百階もある鉄筋コンクリートの高層ビルを建てて生活するようになった。火だって、初めは使い方も知らなかったのに、誰かの工夫と研究と努力によって、物と物との摩擦熱から発火させることを知った。

 やがて石油が発見され.石炭が発見され、木炭製法が発見され、練炭ができ、マッチやガスが発明され、電気が発明され、ついに核エネルギーなるものも発明された。止まることを知らない発明と発見は、人間にますます複雑な文明と文化を身につけさせてしまった。

2.環境に適応するための教育

 他の動物であるチンパンジーやゴリラも工夫や発見をする。しかし、それはせいぜい棒を使用したり石を投げたり、小物を使用して水を飲んだり虫を取って食う程度で、あまり発展しない。ところが人間だけは、一度発明発見するとそれを記述する方法や伝達する方法を発明したために.1000年も2000年も前に発明.発見されたことや経験されたことが子子孫孫にいたるまで伝えられ、僅か十歳にしてそれらの多くを知る驚くべき学習方法を身につけている。そのため、ひとたび学習する能力のできた人間は、その時から単に生きるという動物的行為から、うまく生きるために外部環境に適応してゆく技術を恐ろしい速さで身につけてゆく。人間は自分の子供に、自分と同じ風俗習慣や言葉を教える。自分が祖先から習ったすべてのことを子供に伝え、自分の知らないことをもっと知ってもらいたいために、学校という専門的な教育機関に子供を送りこむ。

 より高度な教育機関が必要になったのは、人間が古代から発明や発見したものを子孫に残し伝えたため、後世の、今日の社会が500年又は1000年前とは恐しく異なってしまい、単に親だけの知識で子供にものごとを教える程度では、複雑化した文明的社会の外部環境に適応する能力に欠けるためである。

3.言葉と文字の効用

人間は文化、文明をたくさん創造したが、人間そのものの本質は2000年前と少しも変化していない。ただ文明的外部環境が異なっているにすぎない。そのため複雑な外部環境に適応してゆくのが困難になり、かえって人間らしさを失って、本来のうまく生きてゆく姿だけでは生きられなくなり、もう一段上の、よく生きようとする精神的な世界の満足感と喜びを得なければならなくなった。その結果、希望や悩みや不満やねたみや競争心など、他の動物の域からはみだし、人間だけが持つようになった文化を背負うようになってしまった。

 ゴリラやチンパンジーにはほとんど見受けられないような残虐な人間悪は、長い歴史の中で人間がより多くのことを、子孫に言葉や文字で伝えてしまったからかもしれない。その人間の祖先たちの巨大な歴史を背負って、人間の子供は人間としての学習を始めなければならない。

 もし、人間の子供をアフリカの中央部にあるビソケ山中でゴリラが育てたら、その子供はこんな巨大で高等な文化文明を築き上げた人間の歴史を何ひとつ背負うことなく、何万何千年も昔の人間に還ることができる。しかし、我々人間は、人間の社会で生活する限り、もう古代に還ることはできない。いかなる外部環境になろうとも諸々の先人の業を背負い、自分なりに努力と工夫をして生きてゆかなければならない宿命にある。

4.昭和50年の提言

 人間は自分の一生の間、何億年もかけて進歩してきた人類の縮図を背負って生きているようなもので、自分も再び人類の進歩の一段階となるしかない。もしその人間の業に負けてしまって無気力になれば、一生悩みと悲しみを胸に抱いて文明に翻弄されながら生きてゆくしかないだろう。

 われら人間は、少々のことではへこたれないし、たえず外部環境に適応してゆくための発明と発見の天才ではないか。本当にやる気になってみんなの知恵と力を集めれば、今日の諸々の状況などたいして苦にすることはない。人間万事塞翁が馬である。昭和五十年、われら素晴しき人間の努力と発明と発見に期待しよう。

      機関誌「ZIGZAG(現:野外文化)」第22号(昭和50年2月15日)巻頭より