犯罪防止に体験活動を(平成20年)

犯罪防止に体験活動を

1.通じなくなった風習

 30数年前の東京の雑踏では、お互いが視線や仕種等で瞬時に判断し合い、ぶっつかることはなく歩けた。

 私はよく外国旅行をするが、街頭でぶっつかったり、身の振り方に迷ったりすることがある。それは瞬時に判断し合う方法を知らないために起こる、不安と戸惑いによるものである。

 私たち日本人は、言葉だけではなく、類似する仕種や表情等で相手の行動や考えを読み取る知恵をもっていたが、今日では社会規範が緩み、そうした共通性や風習もなくなっている。その上、仲間で夢中に話したり、携帯電話に気を取られたりする人が多く、顔はこちらを向いているのに見ていない。そうした人々が集う東京の雑踏では、まるで外国の地を歩いているように、ぶっつかりそうになる人が多くなっている。

2.利己的な犯罪の多発

 20数年前までは、世界で最も安全で平和な信頼社会日本といわれていたが、今では治安が乱れ、金権主義者や犯罪者の多い不信社会になっている。

 本年(平成20年)7月に北海道で開催された洞爺湖サミットは、経済と環境、エネルギー、それに食糧問題への対応が中心であった。これらは、多民族、多文化主義の国々が金権主義に邁進し、まるで強盗や詐欺まがいの犯罪的経済活動によって起こった結果的現象である。

 日本は世界の中では大変珍しい統合された国民国家で、教育施設が最も発展、充実した教育立国だ。その教育の社会目的は、犯罪の少ない安定した社会を継続させることのはずであった。

 類似する生活文化を共有するはずの日本で、欲しいから盗る、殺したいから殺す、金持ちになりたいから詐欺をする等、利己的な犯罪が多発している。

 多民族国家では、権力や法律で規制しても利己的な犯罪は後を絶たない。日本がそのような国々と同じような社会現象を見せるのは、公教育の社会目的である国民化、社会化教育が十分になされていなかったからだ。

3.非行防止と自己鍛錬

 非行とは、社会規範からはずれた行いのことだが、これまでの日本の教育は、個人の幸福を最高とし、白由、平等、権利を主張させてきた。しかし、社会に必要な義務や競争、規範についてはあまり重視してこなかった。

 そのため、社会規範を守るに重要な協調性や忍耐力に欠ける人が多くなっている。

 少年教育にとって重要なことは、心身を鍛え、培う“鍛錬”である。鍛錬とは金属を打ち鍛える意味だが、教育的には修養、訓練を積んで体力、精神力を鍛えたり技術を磨いたりして、困難に打ち勝つ力をつけることである。

 日本には古くから“自己鍛錬”があり、近代的な学校教育以前から地域社会の青少年教育に活用されていた。そのため、青少年は自らを鍛え、律することによって体力や精神力を培い、一人前の社会人に成長できるように努力、工夫をしていた。

 ところが、昭和50年代に入り、物が豊かになり、合理化、機械化が進むに従って自己鍛錬が薄れ、平成10年頃には意識されなくなり、インターネット時代の今日では死語化し、すでに20代の若い日本人に理解できない日本語になっている。その傾向と平行して青少年の心身が弱くなり、非行や犯罪が多発するようになった。

 いつの時代にも青少年の非行や犯罪防止に最も重要なことは、心と体を逞しく鍛え、忍耐力、体力を培い、社会性、人間性を豊かにする自己鍛錬の機会と場を与えることである。

 青少年交友協会が昭和44年以来開催している“かち歩き大会”は、スポーツでもレクリエーションでもなく、日本の伝統的な自己鍛錬としての体験活動なのだが、今日では日本人に敬遠されがちである。

4.社会化を促す体験活動

 私たちの住む社会から犯罪を少なくするには、権力や法律で規制するよりも、少年期にいろいろな体験活動を通じて社会化を促し、道徳心を高めることが最善である。

 ここでの社会化とは、社会生活に必要な言葉、風習、道徳心、食物、生活力等の生活文化の共有を促すことである。

 少年が成長するには、間接情報や理屈で知識や技能を身に付けさせることも重要だが、異年齢集団の現場で他と共に行動し、感じ、考え、納得させることも必要である。そして、より健康で、よりよい社会人に成長させるには2人以上で遊びや自然体験、生活体験、耐久運動等の体験活動の機会と場を与えてやることである。

 しかし、体験活動は少年教育の手段であって目的ではない。その目的は、1人前の社会人に成長させるに必要な、好奇心、行動、思考、理解、納得(感動)、使命感等の心理作用を起こさせることである。

 犯罪の少ない社会で、安全によりよく生活するためには、少年時代にいろいろな体験活動を通じて、生活文化を共有する社会化を促すことが最も重要なのである。

          機関誌「野外文化」 第197号(平成20年8月29日)巻頭より