21世紀の新しい教育観(平成11年)

21世紀の新しい教育観

1.遊びとしての体験学習

私たちは、子どもたちが先端技術や知識を習得するための学習には熱心であったが、社会人として生きるに必要な基本的能力を身につけるための学習には、無関心を装ってきた。

 しかし21世紀の“教育”は、知識や技能を伝える学校教育と並行して、社会人になくてはならない基本的能力を身につけるための体験学習を中心とする、社会人準備教育である野外文化教育か重要になる。

 学校外教育である野外文化教育は、生きるに必要な社会性や人間性を豊かにするための総合的な教育のことである。

 青少年が“生きる力”や“感じる心”を身につけるために最も適している野外文化教育としての体験学習は、①生活体験、②労働体験、③自然体験、④没我的遊び体験、⑤集団的活動能力の向上体験、⑥問題解決の困難に対する克服体験などである。

 子どもから老人までの異年齢の人々が、野外で共同体験することは、子どもたちが思いやる心、協力する心、感動する心や信頼や絆を培い、生活能力や防衛体力、社会性、判断力、環境認識等を高め、各自がそれぞれの能力の限界や独自の可能性を発展させるのに最も効果的なのである。

 しかし、11歳頃の子どもにとっての体験学習は、遊ぶことなのである。子どもの遊びの大半が、大人のなすことをまねて、子どもなりに工夫したものである。だから、幼少年者の体験学習を職業訓練や職業教育とみなしてはいけない。

 例えば、専業農家の農園で、小学生に体験学習させることは、望ましいこととはいえない。専業農家にとっては、子どもは邪魔な存在でしかないからである。農家、商店、工場その他の専業者にとっては、13歳以上の基礎的能力のあるものでないとあまり役に立たない。

 これからの子どもたちにとっては、遊び心で農作業かできる、学校外教育用としての滞在型教育農園が必要である。それは、農園の中に学校を作ることでもある。

 これまでのような、果実や野菜を収穫するだけの観光農園型ではなく、3日以上滞在して、遊び心で栽培して収穫し、料理して食べることのできる、自然と共に生きる生活者の擬似体験用農園が必要なのである。私は、それを“交友の村”と呼ぶことにしている。

 

2.農園学校のすすめ

 21世紀の都市型小中学校の校舎は木造で、校庭は土である方がよい。風の日は砂ぼこりが舞い、雨の日はぬかるみ、草や木、虫や小鳥などが育ち、教室はいつも木の香りがすればよいのである。

 これまでの学校は、知識、技能、文明、スポーツ等の中心であったか、これからは、地域の自然、生活文化の中心となるべきである。まさしく、農園の中に学校があるような、街づくり、環境づくりの時代がやってきた。

 子どもたちの体験学習にとって最も重要なのは、自然と共に生きる素朴な労働のある農林水産業体験である。商業労働や工場労働は、生きるための間接労働であるので職業訓練になりがちであるが、農作業の労働は、自然と共に生きるに必要な基本的能力を身につけるのに、最も効果的で具体的な体験なので、小学5、6年生や中学3年生が通過儀礼として、一度は体験しておくことが必要である。

 農作業体験学習で最も容易で効果的なのは、植物栽培と動物の飼育であるが、草木があれば、あらゆる生物が集まってくるし、季節感も育まれる。

 樹木は、草と違って一生が長いが、四季折々にその姿を変え、時の流れを伝えてくれる。落葉樹は冬になると葉を落とし、春になると芽を出して花を咲かせ、夏にはみずみずしい青葉を開き、秋には熟した実を食べることもできる。

 私たちは、植物を栽培して食べる行為によって、生活を具体的に知ることができ、生きる力や感じる心を培い、他人と共に労働することによって社会性を豊かにすることができる。21世紀の都市文明社会の小学校は、観察用の花壇的なものではなく、野草でも果樹でも栽培して食べることのできる農園の中にある、農園学校的な教育環境を作ることか大切である。

 自然の一部である私たちにとって、いかなる科学的文明社会になっても、自然は万民共通の絶対的真理である。人によって向き、不向きなどあり得ない。

 特に、私たちの生活に欠くことのできない植物をよりよく知ることは、心の安らぎ、生きる喜び、生きる力となる。

 私たちが、21世紀に豊かでゆとりある生活をするためには、滞在型教育農園や農園学校的な新しい教育観が必要。

           機関誌「野外文化」 第160号(平成11年6月18日)巻頭より