ポスト近代(モダン)教育とは(平成8年)
ポスト近代(モダン)教育とは
1.国語を理解しにくい子供たち
今日の子供たちの多くが、学習によって覚える国語を十分理解できないまま、授業を受けていると言われている。そしてその子供たちに、もう1つの言葉「英語」も教え込もうとしている。国際的商業主義の大人たちのコンプレックスによるものだろうが、子供たちが一層国語を理解しにくくなるのではないだろうか。
明治時代から始まった、欧米化のモダニゼイションの思想が、戦後はアメリカナイゼイションに転換され、今もまだ近代(モダン)と言う合理主義と商業主義に溺れ続け、英語まで小学校で必修化しようとする発想につながるのだろう。
義務教育とは、社会の安定、継続を主目的とするものであって、今日の繁栄を促す商行為のためにだけ行うものではない。
今や地球は狭くなり、インターネットなどの情報や商行為はボーダレス化してはいるが、日本列島の地域性をなくしては、日本の安定と継続は望めない。
義務教育でまずしなければならないことは、より多くの子供たちが、日本語で何不自由なく話せ、読み、書きができ、理解できるようにしてやる努力と工夫である。
2.伝統と近代教育の違い
人類は、古代から社会の後継者を育成する努力と工夫を続けてきた。それは家庭や地域社会の生活の現場での伝統教育であった。
私たち日本人は、家庭で習慣的に身につける能力を“しつけ”と言い、地域社会で群れなして体験的に身につける精神的能力を“素養”と言い表していた。これらはいずれも子供を1人前にする社会人準備教育であった。
子供を1人前にするための伝統教育は、“お陰”や“罰”、“義理”、“恥”、“笑い”等という言葉によってもなされていた。それらは誰かに教えられて覚え、誰かに教えることによって学び、生活の知恵とするものであった(現代では教えられても知恵とする人は少ない)。
明治以後、欧米から導入された学校教育は、国の制度による同年齢の擬制社会で、文字を中心とする合理的な近代教育であった。それは生活の知恵を習得するためでなく、より多くの知識と高度な技能を身につけるためなのである。
古来からの伝統教育は、1人前の社会人を育成するためであったが、近代教育は、より良い国民を育成するのが目的となった。
3.近代教育の行き詰まり
国家が制度的に発展充実させてきた近代教育は、文字により、知識や技能を高め、民度の高い国民形成に大いに役立ってきた。しかし、それは、明治、大正、昭和30年代中頃までで、日本の発展とともに伝統教育が廃れ、学校中心の近代教育が充実されるにつれ、目的がぼやけてきた。
子供たちは、学齢に達することによって学校教育制度に組み込まれ、間接情報と擬似体験の洪水に呑まれ、知識や技能は豊かになったが、遊びや生活労働などの休験か少なく、自然との関わりが乏しい為に、人間性や社会性の形成か充分なされないまま成長している。その性格的特徴を具体的に表現すると、次の7つが上げられる。
①打算的 ②指示待ち的 ③相手の心を知ろうとしない ④人の上に立ちたがらない ⑤無関心、無感動、無気力の三無主義 ⑥体格はよいが防衛休力は弱い ⑦巣ごもりがち
①から⑤までは利己主義的、⑥は文明病、⑦は非社会的で心身症等の特徴がある。
これらは、社会人の基本的能力の未発達現象で、近代教育の目的からも外れ、あまりにも利己的になりすぎている。科学的文明社会においては、合理的な近代教育の行詰まり現象が見え始めている。
4. 新しき教育の模索
私たちは、肉体的には自然に大人になれるが、精神的には社会的刺激か必要である。いかに科学的な文明が発達し、豊かな社会が達成されたとしても、人間らしく“生きる力”が必要である。
私たちの生きる力には、自分個人の生存と子孫を残すための、“生物的生存能力”と、自然又は社会環境を充分に認識し、自分で考え、適切な判断と行動が出来る“社会的生存能力”がある。
このような”生きる力″は、知識の学習だけでなく、幼少年時代に野外文化活動等の体験学習によって身につけることも大切である。
知識や技能を合理的に習得させるための近代教育の行詰まり現象の中で、伝統教育による体験学習の重要性が再認識され始めている。特に、生活用語としての言葉(国語)には休験学習の裏付けが必要である。
幼少年時代の体験学習の重要性は、欧米ではルソーやペスタロッチ、デューイ等によって早くから提唱されていたが、日本ではごく普通のしつけや素養を中心とする伝統教育のことであったので、近代教育論としてはあまり評価されなかった。
ここで言う体験学習とは①無意図的 ②意図的 ③教育的等であるが、これらの体験学習の機会と場を与えることを『野外文化教育』と呼んでいる。
文明が発展するほど、国際化が進むほど、社会人に必要な基木的能力である“生きる力”を身につけさせるに最も都合の良いこれからの新しい教育、ポスト近代教育とは、伝統教育と近代的教育とが和合した野外文化教育のことである。
機関誌「野外文化」第143号(平成8年8月26日)巻頭より