人類が伝えること(平成19年)

人類が伝えること

1.多様な能力

 私たち人類は、自然環境に順応して生きるために、心身の鍛錬によって強健になる努力をするとともに、都合のよい環境をつくり、よりよい生活をするために、いろいろな工夫をこらしてきた。

 人間以外の動物は、生活手段が牙や角、爪、毛や羽根等のように特殊化されているが、人間はいかなる環境にも、いかなる環境の変化にも対処し、適応できる手段を案出する能力を持っている。そのため、生存手段としての生物的能力は、多様性という重要な性質を生み出し、環境への適応性を高め、同じことでもいくつかのやり方ができる。

 例えば、食物を直接生で、又は焼いて、煮て、蒸して、料理して…。それを手で掴んで、はしでつまんで、フォークで刺して…、又は木の葉か、椀か、皿かにのせて食べる等、いくつかの方法がある。その中からら選び出して生活様式とした特定の方法が、それぞれの人間集団の持つ文化・民族文化ということになる。

2.社会的遺産

 この地球上の自然環境は千差万別だが、それに応じて人間の適応の仕方が変わり、考え方が変わって文化の違いを生み出してきた。民族が異なるから文化が異なるのではなく、人間集団を取り巻く自然環境が異なるから文化が異なり、民族が生じてきたのである。だから、民族とは、人間的特質ではなく、文化を共有する人々の集団のことである。

 文化は、見えないものを見る力、聞こえない音を聞く力、判断力、応用力、戒等の生活の知恵であり、その土地にある特自性の強いものである。ここで言う文化は、社会に共通する価値観や生活様式であり、巡り回く自然との関りの強い、社会的遺産としての生活文化のことである。選び出された生活様式とした特定の方法が、それぞれの人間集団の持つ文化・民族文化ということになる。 

自然環境に順応して生きる知恵としての生活文化は、長年に亘って伝承され、その土地になじんだ衣食住のあり方、風習、言葉、考え方や戒等の生活様式であり、社会遺産としての伝統文化のことである。だから、日本列島に住む日本人は、日本の豊かな自然と生活文化を信じ、住みよい所であると思うことが必要条件なのである。

3.万民共通の真理

 自然は万民共通の絶対的真理であって、人によって向き、不向きはないので、自然を科学的に知ることは、学問や技術のためには大事なことだが、自然と共に生きるためにはそれほど重要なことではない。むしろ、自然そのものを信じ、豊かな所だと思って活用することの方が大事である。

 文化には、社会の全員によって習得されるものと、選択によって選び出されるものがあるが、生活文化は、自然環境に順応して生きる人々の集団から受け取る社会的遺産なので、自分の属する社会から学び取る努力をしないと、社会生活に支障を来たすことになる。

 私たちが日常生活でそれ程意識しないでなす、さまざまな生活習慣は、先祖代々に培われた生活文化で、時は流れ人は去るが、世代ごとに変わるものではない。むしろ、変わり難いものである。

⒋.人類は愉快な動物

 これまでの人類は、自然の厳しさによって育てあげられてきた。地震津波も、台風、乾燥、暑さ、寒さ、湿度、闇も、自然現象の1つで、これらを恐れていては生きられない。重要なことは、いつ、いかなる時代にも、こうした自然現象に対応する知恵と体力や精神力を身につけることだ。

 人間は生存手段を生物的な文化によっているが故に、それらを身につけるような大変弱い裸の状態で生まれ、生後の学習によって誰か他人から学び取らなければならない。そして、親や大人は、社会的義務として社会の後継者を育成するために保護し、生きる力を教え、伝えてやらなければならない。その期間も14~15年と長く、幼少年時代に数多くの他人を媒体として、身につけなければならないことが多い。

 我々人類は、多種多様な文化を育んで今日まで生き延びてきた、生命力の大変強い愉快な動物なのである。そのことをしっかり伝えることが、大人の義務であり、教育の基本でもある。

           機関誌「野外文化」 第192号(平成19年1月22日)巻頭より