はじめに

 昭和39年3月に東京農業大学を卒業した私は、卒業後は“農家の跡を継ぐ”との親との約束を反故にし、東京オリンピック大会が閉会した直後の、11月9日に、当時はまだ珍しかった世界一周旅行に横浜港から船で出発した。

 約3年後の昭和42年8月10日に地球を一周し、四大陸の72ヵ国を探訪してアメリカから横浜港に無事帰国した。

 その後、世田谷区下北沢にアパートを借りて、世界一周旅行の単行本「これが世界の人間だ」を書こうとしたが、あまりにも多くのさまを見過ぎ、いろいろなことが彷彿とし、原稿用紙を前にして、何をどのように書くか、毎日悩みに悩んでいた。

 そんな時、毎日の新聞やラジオ、テレビで、「今の子どもはもやしっ子」という批判の言葉が報道されていた。

 帰国してから毎日のように耳にし、目にする「もやしっ子」という言葉に何となく反感と苛立ちを感じていた。それは、自分たちの社会の後継者である子どもたちを、“もやしっ子”呼ばわりする大人が、天に唾する行為を他人事のように、平気で行っている思いがしたからだった。

 人間の子どもはひ弱で動物的生き物であるが故に、どこの国の大人たちも子どもを保護し、元気で強い人間に育てよう、社会的、文化的に自分たちを同じ風習の社会人になれるように指導しよう、と努力していた。

 しかし、日本では、“もやしっ子”と非難しているだけだった。その上、自主性、積極性、個性などと言って自由・平等・権利を教え、好き勝手にさせ、王子、王女を育てるように大事にしているが、社会人に必要な集団化の規則、競争、義務や生活文化を伝えようともせず、まるで他人事、日本の将来に無関心であるかの如くであった。

 「これは一体どうしたのだろう?」  

 そんな苛立ちが徐々に高まって落ち着きをなくしていた。

 人も野生の動物も自然と共に生きてきたし、これからも変わりないだろう。どんなに豊かな科学的文明社会になっても、人は自然の恩恵無くして生きられない。もしそのことを忘れては、社会の安定・継続は望めない。

 人類が自然と共に生きることによって培ってきた文化の集大成が、私たちの生きる力、知恵であり活力の元なのだ。その生活の知恵が“生活文化”であり、生きるための基本的能力でもある。

 現代的な文明人の多くは、生活の知恵を忘れがちだが、これからの高度に発展する科学的文明社会でより良く生きるためには、生活文化を身につけておくことが必要条件だ。

 そんな思いが徐々に高まって、世界中を見て来た自分が、日本のこれからのために、何か役立つことをしなければならない義務感を覚えた。

 「よし、俺が日本の子どもたちを元気な後継者に育てよう」

 私は、自分の役目を得たように呟いた。具体的に何をどうこうしようというのではなく、世界中を踏査して見聞を広めた自分が、社会の後継者である青少年の健全育成をしなければならないような思いに駆られた。

 私たちにとって、物質的保障はいつでも誰でもできるが、精神的、心の保障は、青少年時代、特に少年期に人間力を高めておくことが大事だ。しかし、多くの青少年たちはそんなことを知りはしないし、気にもしていないので、知恵ある大人たちが、そのことに気づかせるような機会と場を与えて刺激してやるしかない。

 「俺がやらなきゃ誰がやるんだ」

 もやしっ子なら、元気で強い子にしてやればよいのに、と他人事のように思っていたことが、いつの間にか自分がやらなきゃならんのだという気になってきた。

 私は帰国以来ずっと考えていた、これから何をすればよいのか疑問に答えを得たような気がし、世のため人のために努力しようと思う、使命感のような気持ちが高まった。

 そして、帰国して3ヵ月後の昭和42年11月に、一人で任意団体を立ち上げ、昭和43年から青少年健全育成活動の実践を始めた。まず最初にしたのが、「海外旅行」「農作業体験旅行」の啓発であった。そして、「野外伝承遊び」「かち歩き大会」「野外生活体験」と進み、昭和49年10月に、文部省の認可団体、社団法人青少年交友協会を発足させ、理事長に就任した。

 それ以来、「グリーンアドベンチャー」や「無人生活体験」「生活体験学校」「親子野外生活体験」「生活体験指導者養成講習」「野外伝承遊び国際会議と大会」などを追加し、異年齢集団の体験活動を通じて行う、社会人準備教育を全国的に啓発、実践しながら、当協会の機関誌「野外文化」などの巻頭に、その時々に対応する青少年教育に関する一文を毎号掲載し続けてきた。

 昭和42年11月に任意団体として発足して以来、55年目を迎えた本年、これまでに発表した寄稿文を「青少年教育50年の道のり」と題してまとめることになった。

 多くの活動を通じて得られた教訓や、日本の青少年教育への思いが込められた過去の寄稿文の中に、時は過ぎ、社会は変化しつつも、現代にとっても必要なこと、また、将来にわたって伝え、残していきたい大事なメッセージも含まれているので、順次紹介します。

 是非、志を同じくして、関心を持ってご覧いただければ幸いです。