新人教育の新しい方向性(平成2年)

新人教育の新しい方向性

1.現代青年の特徴

 人類は古代から今日まで、社会の後継者を育む健全育成を忘れることなく続けてきた。その基本は、まず家庭で習慣的能力である“躾”と呼ばれる基礎的防衛能力を培い、次に地域社会において精神的能力である“素養”と呼ばれる人間性や社会性を育むことであった。

 近代になって、それだけでは社会人として不十分なので、地域社会の付属機関として専門的に知識、情報、技能などを教える学校教育制度を導入し、高度な文明を発展させるために大いに役立ってきた。しかし、戦後の日本は、米国の影響力が強く、文化や風習の伝承が疎外され、P・T・Aと呼ばれる学校中心の新しい教育支援制度が導入されることによって、家庭や地域社会での育成効果が軽んじられるようになった。そして、学齢に達することによって、いきなり、学校教育制度に組み込まれ、心身の十分な発達がなされないまま大人になっている。

 今日の日本は、教育制度が充実し、マスコミュニケーションが発達しているので、多くの人が、常に間接情報や疑似体験の洪水に呑まれている。だから、これまでの常識では理解し得ない社会現象が多く発生し、青少年の人間性や社会性に大きな影響を及ぼしている。しかも、幼少年時代に遊びや生活労働の体験が少なく、自然との関わりが弱いために、生活態度や価値観などの基準を持っていない。

 こうした現代の青年の特徴は、①打算的、②指示待ち的、③相手の心を知ろうとしない、④人の上に立ちたがらない、⑤体格は良いが体力が弱い、⑥無関心、無感動、無気力の三無主義、⑦巣ごもりがち、などとされている。

 これまさしく、人間の基本的能力である人間性や社会性の未開発現象である。このような青年たちを称して、基本的能力未開発性症候群と呼んでいる。

 

2.新人教育の意識的転換

 本年(平成2年)の7月末から8月初めにかけて、豊後水道にある御五神島で小学校5年生から高校生までの73名が参加して、第6回の無人生活体験が開催された。そして、そこに中学校の校長を班長とする、企業の人事、又は人材開発担当の方々8人が参加して1つの班をつくり、子どもたちと同じく、10泊11日の共同生活体験をした。

 その結果、1週間から10日くらいの共同生活をすることによって、人間性や社会性、そして協調性の開発や必要性を理解し、会話と共同生活の意義と楽しさか十分認識されることがわかった。また、この無人生活体験が、20代から40代までの成人にとっても、価値観や生活態度の再認識にとっていかに効果があり、直感や想像力、創造力、活力の蘇生にも役立ち、社員教育や指導員養成に十分活用できることも認識された。

 これまでのあらゆる職場における新人教育は、訓練を積み、士気の高揚を図ることであった。しかし、基本的能力の不十分な今日の青年に、能力や技術の習得を繰り返し、やる気や愛社精神の向上を図り、訓話をしても、大きな効果を期待することはできなくなっている。

 彼らの多くは、1日24時間を通じて、他人と生活を共にする体験が極めて少なく、幼少年時代の原体験が乏しかったために、言葉のもっている文化的意味か十分理解できないので、その意義と必要性を認識することが困難なのである。

 そこで、新人教育、又は社員教育の改善が叫ばれはじめた。これからは会社や団体が地域社会に代って、社会人準備教育の場である認識を強くし、社会人としての基礎、基本の習得を考え、人間としての共通性や協調性を、原体験を通して体得できるような機会と場を積極的に与えてやることが必要になっている。その最も効果的な場が、自然の中での共同生活体験なのである。

 これからの新人教育は、机上論では対応しきれないので、自然と共に生きる人間の基本的能力(誰もが野外で初歩的に培われる能力=野外文化)を育成する体験的学習としての、共同生活体験が必要になっている。

           機関誌「野外文化」第107号(平成2年8月30日) 巻頭より