10日間の学校外教育制度の導入(平成12年)

10日間の学校外教育制度の導入

1.政治は人づくりから

 豊かな科学的文明社会の最大の課題か教育であることは、多くの人が気づいているが、どう対応すればよいのか暗中模索の状態で、文明化に対応する“人づくり″があまり具体化されていない。今こそ政治が新しい教育政策に取り組む時である。

 政治の基本は、暮らしやすい社会を作るために重要なことを決めることであるが、今の政治は、結果としての経済不況や高齢化、少子化などの社会的現象に対応して、金をばらまいているだけのように思える。

 いつの時代にも最善の策は、予防療法的な“人づくり”からやり直すこと。

 人づくりの基本は、言葉や道徳心、義務や責任、衣食住や衛生の概念など、社会人の基本的能力(野外文化)を身につけさせることである。

 私たちにとって、いつの時代にも変わらないであろう大事なことは、社会人の道徳心とお互いの信頼心である。義務教育は、その共通性を高めるためにあるのだが、文明化によって情報が氾濫し、利己主義者が増加したので、これまでのように学校内教育だけでは、その共通性を伝えることすら至難の業となった。

2.社会の安定継続のための教育

 人類は未知なるものを探求し、開発、発展を望む性質があるので、いつの時代にも経済的繁栄が先走りがちである。政治の基本三要素は、社会の繁栄、安定、継続についての政策立案であるが、自然発生の弱肉強食的な経済的繁栄は多くの犠牲が生じるので、いつの時代も政治家の良識ある判断が望まれる。

 今、問題になっている経済不況や少子化、高齢化、学級崩壊などの社会問題は、政治が社会の共通性を軽視して、安定と継続の長期的展望を失い、個人の欲望を優先し、経済活動中心の場当たり政策を遂行し続けた結果的現象である。

 社会が、利己主義的な個々の二―ズに対応することは不可能であるのに、今日の政治は、それに対応しようとしている。

 例えば、独り立ちしたくない人が多くなるようにしておいて、独り立ちを応援しようとしたり、男女の区別や役割をうやむやにしておいて子育てをさせようとしたり、働くことの意義や喜びか感じられなくなるようにしておいて働かせようとしたり、老人の知恵や社会的役目の重要性を見失った対応策を立てることなどである。これらの全てが、社会の安定と継続を長い間軽視してきた政策の結果への対処でしかない。

 個人の欲望を優先する利己主義者は、このような対症療法的政策を認めがちだが、正しい政治は社会の安定と継続のために、まず“人づくり″を最優先させることである。

3.マクロ的教育改革

 自然の時の流れは、私たち人類にかかわりなく続いている。それを百年や一千年単位で考え、子どもたちを不安がらせるのは科学的文明中心の発想によるものである。

 科学技術は日進月歩で、コンピューターなどは私たちの生活様式に大変な影響を及ぼしている。だから、技術の世界による一千年後は不明だが、私たち人類はそんなに変化することはなく、社会的に生きる本質は今とほぼ同じである。

 私たち人類には個人であると同時に社会人であることが必要である。個人は死ねば全てが無になるが、社会人は消し難いものがある。そのため、社会人の立場でマクロ的に考え、行動する知恵が必要だ。

 例え、遺伝子の組み変えが技術的に可能になったとしても、社会はその濫用を許しはしないだろう。生命科学の分野では“遺伝子特許”の取得が問題になっているが、遺伝子は自然の産物であって発明したものではない。発見でしかないことに商業的特許を与え、人類の本質を変えるようなことは人道に反する。

 欧米は契約的不信社会であるが、人類の理想は安定的信頼社会である。私たち日本人は、これまでに意識せずして信頼社会を築き上げ、文化的先進国に住んでいた。私たちはその自覚と自信をもって、マクロ的な教育改革を推進すべきである。

4.10日間の学校外教育の制度化

 私たち人類の能力は、生物学的にはある程度決められているが、少しずつ個々の違いがあるので、成長期の環境や努力によって少々高めることができる。特に、12~13歳までの脳が発達を続けている間には、環境が大きな影響を与えるそうである。

 これからの情報化社会で生まれ育つ子どもたちは、間接体験が多く、個人的な世界に埋没しがちになるので、知識や技術を合理的に伝えるだけではなく、他と共に行動する共通体験の機会と場を与え、人間本来の感じる心や生きる力を培わせる新しい教育観が必要。

 文明社会の子どもたちにとっては、自然の中で他と共に生きる10日前後の生活体験が大変重要である。子どもは、同じ所で10日間も共同生活をすると、その体験は記憶の中に刷り込まれ「第二の古里」として消えることはない。

 これからは、教科書を使う学校内教育と、教科書を使わない学校外教育の生活体験を、人づくりの両輪とする新しい教育政策が必要である。

 その1つが、小学5年から中学2年の間に1~2度、10日間の生活体験をする学校外教育制度の導入である。 

            機関誌「野外文化」第164号(平成12年2月18日)巻頭より