野外伝承遊びは人づくり(平成11年)
野外伝承遊びは人づくり
1.文明の落とし子たち
今日の文明社会では、子どもたちか野外で遊ばなくなっているし、遊べなくなっている。その代わり、文明機器を相手に室内で1人で遊ぶようになった。世界の多くの人々は、そのような子どもたちを文明化や豊かさの象徴のように思っているが、人類の未来にとってはあまりよい傾向ではない。
子どもは、いつの時代にも大人の真似をして、迷いながら成人し、自分たちの時代性を形成してゆくものである。しかし、現代の大人は、文明的社会に適応するために、子ども以上に迷っているので、子どもたちが見習う目標を失っている。そして、心の絆の弱い利己的な文明の落とし子たちは、身近なテレビやテレビゲーム、インターネット、漫画、その他で表現される世界や現象に近づこう、真似ようとしている。
大人に見本を求めることのできない孤独な子どもたちの日々の不安と不満が、いじめや登校拒否、暴力、非行、薬物濫用、援助交際などとなって表れている。
2.大人が伝えるべきこと
いつの時代にも、大人は、子どもたちが自分たちと同じようになるように、社会人の基本的能力を伝えてきた。それは、一人前の社会人になるために必要な心得でもあった。
社会の諸事には4つの捉え方がある。それは、①変えてはいけないこと、②変わらないであろうこと、③変わるであろうこと、④変えなければならないこと、である。
大人が子どもたちへ伝えてきた、社会人の基本的能力とは①と②である。
私たちが生きる目的は、いかなる時代にも変わらない。テレビやインターネットなどの文明化によって生活の仕方が変化してきたが、文明化や経済活動は、生活をより便宜的にする手段でしかなく、生きる目的ではない。
私たちにとって変えてはいけないことは、社会人としてよりよく生きることとお互いの信頼である。変わらないであろうことは、生きぬくことと道徳心である。
1人前の社会人である大人は、いつの時代にも子どもたちか信頼感や道徳心を培う機会と場を与えてきた。その1つが、幼少年時代に大人を真似て遊ぶ、体験的学習としての野外伝承遊びであった。
3.野外伝承遊びの3要素
子どもたちが、相手を知り、仲間を作るのに最もよい方法は、古代も今も野外で2人以上が共に遊ぶ“野外伝承遊び”である。ここで言う野外伝承遊びは、野外で2人以上が共に遊ぶことのできる活動の総称で、例えば、かくれんぼ、鬼ごっこ、縄とび、綱引き、竹とんぼ、相撲などである。
野外伝承遊びは、古いとか新しいとかの時代性ではなく、いつの時代でも、子どもたちにとっては新しい遊びで、1人前の社会人になるための基本的能力(野外文化)を習得する機会と場なのである。
6、7歳から12、3歳までの子どもは、野外でよく遊ぶ。この年代の子どもに言葉や文字、電波、電子映像で間接的に遊びを伝えても、ものごとの善悪、価値観、喜怒哀楽、好き嫌いなどの感情、創造力や活力などの基本を体験的に身につける、遊びの本質を伝えることはできない。
こうした野外伝承遊びには3つの要素が必要である。それらは、仲間、規則、競争である。
日本の遊びを例にとって次のように類別することができる。
①仲間作りによい遊び 綱引き、縄とび、騎馬戦、かくれんぼ、陣とり、棒倒し。
②規則を守り協調性を培う遊び 鬼ごっこ、お手玉、石けり、石当て、おしくらまんしゅう。
③競争心から努力、工夫する遊び ビー玉、こま、めんこ、竹とんぼ、相撲。
このような野外伝承遊びは、スポーツやレクリエーションとは違う、野外文化活動なのである。
4.遊びを見直そう
現代の日本の体育は、スポーツやレクリエーションに偏りすぎ、“遊び”がなくなっている。
スポーツは強い規則の下で技や時間などの順位を競う、訓練を要する厳しい活動であるので、発達段階の少年少女には。心身ともに強い負担がかかる。
レクリエーションは。まず楽しみありきで、規則や競争などの弱い、娯楽中心の活動である。
野外伝承遊びは、まず遊びありきで、時と場所によって規則が変化し、野外で2人以上が切磋琢磨しながら競い合う自発的な活動で、少々の訓練が必要であり、少年少女にとっては適度な心身の鍛練となる。
人類は、遊びをする動物である。子どもたちか自然の中で遊ぶのは、心身を1人前にするために必要な訓練である。それをしないで。言葉や文字、視聴覚機器などで生活の知恵や道理(道徳心)などを伝えることはできない。
私たちは。幼少年時代に遊んだことを、後に論理的に学ぶことによってその原理を発見し、納得する。そして、納得することによって他人に伝えたくなる。まさしく、納得こそが伝承や活力、創造力を誘発する必要条件である。
これからの文明社会における人づくりとしての教育には、学校内の教科教育と同じように、学校外の教科書を使わない、野外文化教育としての野外伝承遊びの重要性を見直すことが必要である。
機関誌「野外文化」第163号(平成11年12月20日)巻頭より